木花咲耶姫のスピリチュアルな神話やご利益!守護神の人の特徴・性格は?
木花咲耶姫とはどのような神様なのでしょうか? この記事では、木花咲耶姫にまつわるスピリチュアルな神話やご利益・守護神の人の特徴・性格を解説します。木花咲耶姫をお祀りしている神社も紹介するので参考にしてください。
目次
木花咲耶姫とは?
木花咲耶姫は、日本神話に登場する重要な女神の一人で、コノハナサクヤヒメと読みます。神名の「木花」は桜の花のことで、名前は「桜の花の咲くように栄える、美しい女性」という意味です。安産や子宝の神であると同時に、富士山の守り神でもあります。
神話の内容から、鎮火や火山の神、酒蔵の神、恋愛成就の神でもあり、スピリチュアルパワーに溢れています。日本神話に登場する女神の中でも一番美しいと言われているため、竹取物語に登場するかぐや姫のモデルとする説もあるのです。
北の隠れ魔女ゆうこ
木花咲耶姫は桜色の衣をまとった美しい女神の姿で描かれ、短命であったことから「美人薄命」の生涯を歩んだ神様といわれます。女性として強く逞しく生き抜いた木花咲耶姫は、ご利益のある神様として日本全国の神社に祀られています。今回の記事も参考にしてくださいね。
木花咲耶姫の家系図
神話に登場する女神だけあって、家族も華やかです。父は山の神である大山祇神(オオヤマツミノカミ)で、姉は長寿を司る石長比売(イワナガヒメ)です。夫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は天照大御神(アマテラスオオミカミ)の孫です。
瓊瓊杵尊は、宮崎県の高千穂に降臨した天孫降臨伝承でも有名ですよね。子どもは三柱いて、そのうちの二柱が神話で有名な海幸彦と山幸彦。この山幸彦の孫が初代天皇である神武天皇になったので、木花咲耶姫は神武天皇の曾祖母にあたります。
木花咲耶姫にまつわるスピリチュアルな逸話・神話は?
日本神話において重要な神様である木花咲耶姫は、どのようなスピリチュアルな逸話や神話があるのでしょうか。以下で詳しく解説します。
①瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)との結婚
高千穂に天降った瓊瓊杵尊は、笠沙の岬(現在の鹿児島県にある野間岬)を歩いている時、とても美しい乙女に出会いました。それこそが、木花咲耶姫でした。木花咲耶姫に一目惚れした瓊瓊杵尊は、木花咲耶姫に求婚します。
父である大山祇神は大層喜び、姉の石長比売と二人で瓊瓊杵尊に嫁がせました。しかし、絶世の美女であった木花咲耶姫と違い、姉の石長比売はとても醜かったため、瓊瓊杵尊は姉だけ送り返してしまいます。
これに、父である大山祇神は激怒。実は石長比売を娶っていれば、瓊瓊杵尊や生まれてくる天孫たちの命が石のように永遠になっていたのです。しかし、瓊瓊杵尊は木花咲耶姫だけ娶ったため、花のように繁栄するものの、花のように散る短命になってしまいました。
神様の子孫である天皇の寿命が、何故普通の人間と同じなのかは、この神話が理由だったのですね。また、求婚されたのは木花咲耶姫なのに、醜い姉まで送った大山祇神に驚いた人もいるのではないでしょうか。
現代人の目から見たら、美人の妹のオマケにして醜い姉を片付けようとする思惑にみえますよね。しかし昔は一夫多妻制なので、有力な男性が複数の妻を持つのが当たり前です。日本が一夫一婦制になったのは明治時代からなので、むしろ一夫一婦制の時代の方が短いくらいです。
一夫多妻制の国では、姉妹を同時に嫁がせることも珍しくありません。子どもの結婚を決めるのは親ですし、実家が同じなら、妻たちの実家同士の勢力争いが無くせるという利点があります。そのため、大山祇神の行動は不思議ではありません。
②火試し伝説
瓊瓊杵尊と無事に結婚した木花咲耶姫は、一夜にして子を授かりました。しかし、一晩で子を授かったことに不安を覚えた瓊瓊杵尊は、国津神(くにつかみ)という、元々この地にいた別の神の子ではないかと不貞を疑います。
公式HP ブログ X Instagram
占い師/ヒーラー/スピリチュアルセラピスト
生まれながらの直感と霊感で占いを通してお客様に必要なメッセージを届け、心を癒やしながら悩みを希望に変え、...
公式HP ブログ X Instagram
占い師/ヒーラー/スピリチュアルセラピスト
生まれながらの直感と霊感で占いを通してお客様に必要なメッセージを届け、心を癒やしながら悩みを希望に変え、未来の幸せへと繋げていく「魔女の占い」で活動中。 精神科医療専門職として精神医学や心理学などを学び、心の病と向き合ってきた23年間の経験と、生まれながらのスピリチュアルな霊的経験から得たものを合わせた鑑定やカウンセリング、セラピーが人気。また、カラーセラピスト、パーソナルカラーアナリスト、エステティシャンとして、色や美の側面からも女性をサポートしている。